リンゴと自分とナイフ


リンゴをむいてくれる?

母はそう言った

ナイフはここだよ

父はそう言った




二人が見つめる中

皮を剥かれていくリンゴ

初めて使われるナイフ

新鮮な体験もやがて慣例へ




まだだよ

母はそう言った

まだだよ

父はそう言った




不器用な手付きの中

次第に細くなっていくリンゴ

伴って哀れに思う自分

憐憫の情もやがて無力に




まだだよ

母はそう言った

まだだよ

父はそう言った




繰り返される動作の中

とうとう干乾びていくリンゴ

行く先を知らない怒り

烈火の如くもやがて冷灰へ




リンゴが色を失っていく

全てが色を失っていく

だがその時

リンゴに含まれた硬い何かが

刃を欠けさせた




目を閉じ

耳を塞ぎ

大きく深呼吸




再び目を開けば

代わりのナイフを渡す者は

誰もいない




僅かな実を残したリンゴ

視線を巡らせば

今でも元あった場所に納められている